時に憎く、時に愛しく

家族は不思議なものです

家族というのは、実に不思議なものだと感じることがあります。
そんな思いを抱えているのは、恐らく私だけではないでしょう。

家族は、私たちが生まれた時から当然のことのようにそこにいたものです。

生まれたとき、私たちには父や母がいたでしょう。
祖母や祖父、そして兄弟たちもいたかもしれません。

そんな人たちが、無二の愛情を注ぐことで、子供たちはスクスクと大きくなります。
そして大きくなった子供は、時に反抗期で親を困らせることもあります。

思春期の子供だと、「親がいやだ」という思いをむき出しにすることもあるでしょう。
親のほうでも、「どうして自分の子供はこうなのかしら」と悩むことが出てきます。

子供をしっかりと育てたい、恥ずかしくないようにしたいと思うほど、子供は反発し、親の言うことを聞かなくなるケースも多いのではないでしょうか。

親は子供のためを思っていっているのに、子供にそれは通じない。

それどころか、どんどん反抗的になる。

親にいってはいけないようなことまで、時に口に出すようになることもあるかもしれません。
親のほうも、子供のためといいながら「見栄」がちらつくこともあり、そのことで大きな葛藤を抱えるケースもあるでしょう
子育てというのはそれだけ難しいもの。

そして、多くの人が悩み、苦しむものです。

恐らく、人々にとって「家族」が持つ役割や言葉というのは、違ったものになるのではないでしょうか。
時にどうしようもなく愛しくなることもあれば、気持ちが伝わらずにいらだち、「顔も見たくない」と考えるほど嫌いになってしまうケースもある・・・・それが、「家族」というものなのではないか。

そんな風に、私は思います。

でも、最後に戻るところも家族

しかし、そんな風に色々な葛藤があったとしても、最終的に自分を受け入れてくれる存在というのが、「家族」なのではないかとおもいます。

とあるスポーツ選手が、こんなことを言いました。
「自分が失敗したときに皆が自分を責めた、だけど家族だけは守ってくれた」と。

どんなときでも、しっかりと自分を守ってくれる、それが家族なのではないでしょうか。
どんなに嫌いだとおもっても、イライラしても、「なくなる」と思えば辛いし、絶対にいやだと思うのが、家族なのではないかと私は思います。

どんなに家族の形態が変わっても、このことだけは変わらない。

そんな風に思います。

家族のあり方は変わっても、根本的なものというのは、今後も変わらないのではないでしょうか。